化学物質過敏症患者の約80%は、電磁波過敏症を併発すると言われている。
(1) 電磁波過敏症の定義
電磁波を浴びると鋭敏に反応し,頭痛,吐き気,めまい,動悸,痰が出る,不眠症,集中力低下,記憶低下,皮膚症状(発赤,蕁麻疹,チクチク感,灼熱感),手足のしびれ,内臓圧迫感,吐き気,胃痛,下腹部の鈍痛,消化不良,むくみ,耳鳴り,不定愁訴,疲労感,倦怠感,不快感,自律神経失調,筋肉や関節の痛み,不整脈,まぶしい,うつ状態,のどの痛み,咳や痰が出る,頭が重い等の様々な症状がみられる人がいる。
これらの症状を一般に「電磁(波)過敏症(ESないしEHS)」(以下「電磁波過敏症」という。)と呼んでいる。
(2) 日本における被害者の声
電磁波過敏症の救済と対策を求める取組を行っているVOC-電磁波対策研究会の「電磁波過敏症アンケート2009」 と題した報告書19によれば,電磁波過敏症ないしこれに近い症状を訴える人々にアンケートを採ったところ,電磁波過敏症が発症する原因になったと思う電磁波発生源について携帯電話やPHSの基地局・中継アンテナが全体の32%と最も多く,また同発生源は,全体の70.7%の人によって電磁波過敏症を引き起こす電磁波発生源として挙げられている。
こうした電磁波過敏症発症者からの声を踏まえ,上記報告書は,携帯電話・PHS基地局等の電磁波発生源の設置場所の制限・Web上での公開,設置計画の周辺住民への事前公開,携帯電話の使用ルールと使用場所の制限,公共交通機関等における電波を発生させる機器の使用禁止エリアの設置,電磁波過敏症に対応できる医療体制の整備・情報公開等が必要であるとしている。
(3) 電磁波過敏症に対する日本の対策
日本においては,電磁波過敏症に関し,行政として何らの対策も執られていない。
しかしながら,電磁波過敏症については,特定の素因を有する者だけに生じる症状ではなく,電磁波曝露の量が増えれば,誰にでも生じうる可能性があるとの指摘や,近年,電磁波過敏症の有病率が増加しているとの指摘もある。また,現に,電磁波過敏症を発症し,居住,就業等,日常生活のあらゆる場面で不自由を強いられている人々がいるのであり,これらの者が安心して生活していける環境を確保する必要もある。
そこで,我が国としても,電磁波過敏症に関する実態調査とこれを踏まえた発症のメカニズムと予防・治療・対策の発見に向けた研究に着手すべきである。
(4) 人権保障の観点からの対策の必要性
国を挙げてユビキタス社会の実現を標榜する我が国では,携帯電話や無線技術を利用した各種機器が社会の隅々まで広く普及しており,日本全国,身の回りのどこにでも様々な周波数の電磁波が大量に飛び交っており,こうし
たなかで,前記(2)でもみたとおり,電磁波過敏症を発症し社会生活に支障が生じてしまった人々が出てきていることも事実である。
電磁波過敏症を発症すると,ICNIRPのガイドラインよりもはるかに弱い電磁波環境でも症状が現れるため厳重な電磁波強度の低減が必要になる。
その他の物理的刺激にも弱くなるので低周波音を含めた音,振動,光刺激にも配慮した生活が必要である。
電磁波に曝露されることで体調が悪くなるため,常に身の廻りにある電磁波の発生源を気にしながら生活している。なかには,特段の規制立法がない現状で次々と設置が進む携帯基地局から逃げるように,引越しを余儀なくされている人々もいる。
その結果,電磁波過敏症を抱えた人々は,就業が著しく制約されて経済的に追い込まれるばかりでなく,外に出ること自体が困難となる結果,一般的文化的な生活を送ることにすら支障を感じることとなっている。
また,電磁波過敏症については前述のとおり十分な調査研究が行われていないことから,電磁波過敏症発症者は医療機関に出向いても適切な治療を受けることができず,精神的な疾患として片付けられてしまっている場合も存在するとの指摘もある。
こうした現状を放置していることは,電磁波過敏症発症者の人として健康で文化的な生活を営む権利を否定することであり,憲法の定める生存権に照らしても許される事態ではない。ここにおいて,電磁波過敏症患者が安心して社会生活を続けられる環境を検討し整備していくことは,人権保障の観点からも要請されるところであると認識すべきである。
この点,スウェーデンでは,行政が電磁波過敏症を訴える人々の団体と定期的に情報交換をする機会を設け,またこうした団体の活動資金を援助している。
その影響もあってか,我が国と比べて,同国では,例えば,病院内に電磁波オフの部屋が設けられていたり,携帯電話での通話にハンズフリーを使用している人々を見かけることが珍しくないなど,電磁波の健康影響に対する国民の関心は高いように感じられる。また,同国の地方自治体にはさらに進んで,住宅の改修費用の一部を補助しているところもある。他方,スイスのように,携帯基地局の設置・運用において周辺住民の健康に配慮した厳しい規制を設け,また,これらに関する情報公開を通じて,無秩序な電磁波曝露から住民を保護しようとしている国もある。
さらに,前述の2011年に欧州評議会議員会議において出された電磁場の潜在的な危険性等に関する決議においても,加盟国に対し,電磁波に過敏な人々に特別な注意を払うことや無線ネットワークに覆われていない電磁場フリー(オフ)のエリアを設けること等,電磁波過敏症の人々を守るための特別な対策を講じることを勧告している。
いずれも,電磁波過敏症発症の機序ないし広く電磁波による健康影響がいまだ科学的に完全に解明されるに至っていない現段階においても,十分に採りうる施策であり,我が国において行政が電磁波過敏症との関係で何ができるのかを考える上で参考になるものと考えられる。
我が国も,その発症の機序が科学的に解明されない限り電磁波過敏症は存在しないとして扱うのではなく,現実に電磁波過敏症と称される症状を訴える患者が出てきている事実を直視し,その実態調査とこれを踏まえた発症の機序や予防・治療等の発見に向けた研究に着手すべきであり,あわせて,多くの電磁波過敏症患者が不安と感じている携帯基地局等の電磁波発生源についての設置・運用規制やこれらに関する情報公開等を通じて,電磁波過敏症発症者も安心して暮らせる環境整備をなすべく,対策の検討を始めるべきである。 |